運動時のエネルギー代謝について

運動時のエネルギー代謝について

著者:プロフィール
管理栄養士、美容栄養学専門士、美容食インストラクター
日本ビューティーヘルス協会 会長

池上淳子

運動時のエネルギー

生き物は常にエネルギーが必要です。活動する為にエネルギーは必要ですが、寝ていても体内ではあらゆる活動が行われている為、必要です。食事はエネルギー補給の為に行いますが、食べたモノを消化する為に、またエネルギーが必要となります。

基本的にエネルギー源になる栄養素は糖質(炭水化物)、タンパク質、脂質です。その中でも糖質(炭水化物)は素早くエネルギーに変換できて最優先されて使われるエネルギーになります。また脂質のエネルギーは長時間かけて必要な時に使われるエネルギーです。

運動時は大量のエネルギーを使いながら行います。けれど、運動やスポーツの種類、方法によって、体内でのエネルギー代謝は異なります。ここでは、運動時に体内でどのようなエネルギー代謝が行われているか解説をします。エネルギー代謝を理解することで、行う運動によってどのタイミングで、どの栄養素が必要になるのか、それを知る為のヒントになります。

エネルギー代謝のしくみ

生体は高エネルギーリン酸化合物のアデノシン三リン酸(ATP)からエネルギーを得ている。

このATPはアデニン(プリン塩基)とリボース(五炭糖)が結合してできるアデノシンに無機リン酸(Pi)が3つ結合して構成しており、体内にある全細胞の直接的エネルギー源である。

ATPからPiが1つ分離し、アデノシン二リン酸(ADP)とPiに分解される時に、生体で用いられているエネルギーが放出される。このエネルギーは全身で、熱や体温、消化、内分泌、神経伝達など、生命活動を維持するために常時利用されている。たとえ、安静時であってもATPは常に分解され生命維持の為のエネルギー供給がされている。

エネルギー代謝のしくみ
エネルギー代謝のしくみ

運動をする際のエネルギー代謝

運動をする際は、骨格筋(筋肉)において熱産生だけではなく、筋収縮の為のエネルギーも必要になる。安静時よりも多くATPを分解してエネルギーを供給することがなされている。筋肉のATP貯蔵量には限りがあり、安静時、運動時共にATPは常に分解されてADPとなり、またADPをATPへ絶えず再合成する為のエネルギー供給系が存在している。

エネルギー発生の仕組み

3つのエネルギー供給系

運動によって増えるエネルギー需要(ATP消費量)は主に運動強度によって変化しその消費量(生成されるADP量)に対応できるATP再合成の為のエネルギー供給系が重要になる。

エネルギー供給(ATP再合成)系3種類
①ATP-PCr系
②解糖系
③有酸素系

ATP-PCr系

筋肉中にあるATPは非常に少量で、運動時に利用するとすぐになくなってしまう。そこで筋肉中にあるATP以外の高リン酸化合物であるクレアチンリン酸(PCr)がクレアチンとリン酸(Pi)に分解される時に生み出されるエネルギーを用いてATPを再合成するのがATP-PCr系である。これは、酸素を使わず、クレアチンキナーゼ(CK)という1つの酵素のみで行われる反応であり、ATPを最もはやく再合成できる。しかし、筋肉中のPCr含有量も少量であり、ATP-PCr系が最大限使われるのは、7~8秒程度である。

ATP-PCr系 瞬発力
ATP-PCr系 瞬発力

解糖系

筋グリコーゲン、血中グルコースをピルビン酸にまで分解する過程のエネルギーを利用してATPが再合成される。この解糖系も酸素を利用しない。ATP-PCr系と合わせて無酸素性エネルギー供給系と言われている。解糖系が最大現動員される場合、32~33秒程度と言われている。

ピルビン酸の生成速度が緩やかな時は、ピルビン酸はミトコンドリアへ取り込まれ、有酸素系の基質として利用される。しかし、速筋(白筋)線維が動員され運動強度が高まると解糖系は活発になり、ピルビン酸の生成速度がミトコンドリアにおけるピルビン酸の処理速度を上回る。すると、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素(LDH)によって乳酸に変換される。無酸素性エネルギー供給系の中でも、ATP-PCr系は非乳酸性のエネルギー供給系に対し解糖系は乳酸性のエネルギー供給系である。

速筋(白筋)線維で産生された乳酸は主に2つの経路で再利用される。
①乳酸を産生した筋肉自身で乳酸をピルビン酸に戻してATP再合成の為のエネルギー基質として利用する経路
②筋肉から血液を介して心筋や他の筋線維(遅筋線維:赤筋)あるいは持久的特性をもつ速筋(FOG)、肝臓でピルビン酸に戻されてATP再合成や貯蔵に利用される

この2つの無酸素性エネルギー供給系は短時間に大きなエネルギーを作り出し、ADPをATPに再合成することが可能である。しかしそのエネルギー容量には限界があり長時間に及ぶ運動を継続することは困難である。

解糖系 無酸素運動
解糖系 無酸素運動

運動時の疲労 -乳酸と疲労の関係-

古くから疲労を起こす原因物質は「乳酸」であり、これが筋肉中に過剰に蓄積されることで生じると言われていました。これは『激しい運動後、筋肉内の酸素が低下するとともに、酸素を必要としないエネルギー代謝・解糖系の最終段階である乳酸が生成され蓄積されることで、体内酸性化(アシドーシス)を生じ、筋収縮が阻害される(=疲労感)』という機序によるものでした。しかしこの説が2004年に、科学誌サイエンスで発表された論文によって大きく覆されました。

乳酸ができるということは糖を使っているということです。エネルギー源は、主に糖と脂肪が分解されて生成されます。そして安静時や強度の低い運動時には脂肪の方が糖よりも多く使われます。糖は使いやすいのですが、量は多くないので、多量の糖は使わないようになっています。ところが運動強度が上がってくると、糖の利用が高まります。そして糖の利用が高まると、糖を利用する際にできる乳酸が多くできます。その為糖を多く利用するような強度の高い運動では、乳酸が多くできます。

スポーツドリンクなどにも乳酸が入っています。肉、魚、ヨーグルト、ワイン、漬け物等、いろいろな食品にも入っていて、乳酸は食事でも多く摂取されています。運動中には速筋線維から乳酸ができて遅筋線維や心筋で多く使われています。
運動後の疲労
運動時の疲労原因と思われること ※あくまでも仮説段階です。

①2004年科学誌サイエンスの論文によると、『疲労を引き起こさせる原因物質は、乳酸ではなくカリウムイオンである』といっています。通常細胞内に存在するカリウムイオンが細胞外に流出・蓄積することで、ナトリウムイオンチャンネル機能を低下させ、活動電位を阻害することが筋疲労の原因というものです。

②疲労の原因はリン酸によるものと言われています。リン酸はATP や、ATP の備蓄であるクレアチンリン酸が分解されるとできるものです。きつい運動時にはリン酸が多くできます。そしてリン酸はカルシウムと結びつきやすい性質があるので、筋が収縮するのに不可欠なカルシウムの働きが悪くなって疲労するというものです。

有酸素系(酸化系)

長時間にわたる運動をする為の筋収縮を持続する為には、筋肉のミトコンドリア内で主に糖や脂肪の燃焼、酸素を用いた有酸素性エネルギー供給系が必要である。これを有酸素エネルギー供給系、酸化系と言う。

ピルビン酸あるいは遊離脂肪酸(FFA)から生成されるアセチルCoAはトリカルボン酸回路(TCA回路)に取り込まれ、ATPが再合成される。一定強度で運動時間を持続すると、ミトコンドリア内で脂肪をATP再合成のためのエネルギーとして燃焼が増え、脂質の利用が高くなる。有酸素系のATP再合成速度は3つのエネルギー供給系の中でも最も遅い

しかし、体内の糖質や脂質がなくならない限り、ほぼ無限にATPを再合成し続ける事が可能である。低強度の持続する運動における主要なエネルギー供給系になる。

有酸素エネルギー供給系、酸化系
有酸素エネルギー供給系、酸化系

運動時のエネルギー供給系の関与

運動時において、これら3つのエネルギー供給系はどう関与しているか見ていくことにする。今までは、運動開始初期はATP-PCr系が働き、次いで解糖系になり、これら無酸素性エネルギー供給系によるATP再合成が終わった後に、有酸素性エネルギー供給系によるATP再合成がはじまる・・というような「各供給系は段階的にはたらく」といった考えがなされていた。だから、脂肪燃焼は運動を20~30分持続しないと起こらない、と言われていたのだろう。

しかし現在は、運動開始直後から全ての系が働きはじめ、運動の強度や持続時間によって主として利用されるエネルギー供給系が異なると考えられている。

1一定の距離もしくは持続時間を全力で運動する場合
運動強度が非常に高く、数秒という短時間で終了するような運動では最もエネルギー供給速度の速いATP-PCr系による寄与率が高くなる。

2運動時間が30秒~3分の場合
解糖系が比較的大きな役割を担う。

3運動強度が低くなり、運動時間が長くなる場合
有酸素系の関与が大きくなる

運動時間が10秒程度の高強度運動であっても有酸素系によるエネルギー供給率は10%程度ある。マラソンのような長時間の運動であっても無酸素系エネルギー供給系のエネルギー供給率は0ではない。

競技スポーツ別5つ

①瞬発系競技

短時間に大きな力を発揮する事を求められている競技である。陸上競技の100m走やウエイトリフティングなどがある。これらの種目における全力運動持続時間は概ね10秒以下であり、主なエネルギー供給系は非乳酸性のATP-PCr系となる。また90秒程度まで持続することが求められる種目、陸上競技の200m、400mでは、主なエネルギー供給系はATP-PCr系解糖系の無酸素性エネルギー供給率が高い。

瞬発系競技のエネルギー代謝
瞬発系競技のエネルギー代謝

②持久系競技

一定強度の運動を長時間継続する事を求められている競技で、陸上競技の800m以上、マラソン、トライアスロン、1000m以上のスピードスケートなどがあげられる。対象となる種目の運動時間はそれぞれ幅がある。陸上競技800mであれば、解糖系を中心としたものと有酸素系の双方が使われている。例えば、2018年陸上競技800mの日本記録は男子で1分45秒、女子で2分0秒、このときのエネルギー供給系は無酸素性40%、有酸素性60%となる。

持久系競技のエネルギー代謝
持久系競技のエネルギー代謝

③球技系競技

ボールを扱うスポーツの総称であるが、様々な種目が含まれている。サッカー、バスケットボール、テニスなどはハイスピードランニングを持続かつ反復することが求められる。野球やバレーボールなどは瞬時に最大のチカラを発揮する事が求められる。また一つの競技の中でもポジションにより変わってくる。サッカーであればフィールドプレーヤーはハイスピードランニングと反復が求められるが、ゴールキーパーは瞬時に最大の力を発揮する事が求められる。球技は試合時間が長い為、無酸素系のみが主となることは無い。有酸素系の貢献度は高い。

球技系競技 のエネルギー代謝
球技系競技 のエネルギー代謝

④審美系競技

体操、新体操、フィギュアスケートなどの審美系競技では、ウエイトコントロールを行っていることが多いという特徴がある。ウエイトコントロールを行う事で栄養障害が起こりやすく、パフォーマンスに支障をきたす選手も多い。
体操競技の演技時間は短時間が多く、瞬発的なパフォーマンス発揮が求められる。その為無酸素系になる。新体操では1~2分、フィギュアスケートでは3~4分程度であり、無酸素系有酸素性のエネルギー貢献も求められる。

審美系競技 のエネルギー代謝
審美系競技 のエネルギー代謝

⑤格闘技競技

レスリング、ボクシング、柔道、相撲などの格闘技系競技では体格の大きさが競技力の一部となっている。体を大きく強くする事が求められる。また勝負の中で、動きの緩急をつけることが求められることから瞬発的能力が必要であり、無酸素系の役割が大きい。しかし決着がつくまでに時間を要する試合展開になることもあり、そうした競技時間により有酸素系の貢献度が異なってくる。

格闘技競技 のエネルギー代謝
格闘技競技 のエネルギー代謝

最後に

運動のパフォーマンを上げる為に、栄養管理は必須である。運動やスポーツは行う事によって栄養管理は詳細に異なってくる。最大限の力を発揮する為に、エネルギー供給系を理解し、栄養管理をしていくことが望ましいと言える。

関連ページ
・運動時のタンパク質摂取について
・代謝とは 身体のしくみ

参考資料
運動生理学からみたエネルギー代謝とスポーツ競技の特性