寝るだけで美肌に【驚異の睡眠メカニズム】
著者:池上淳子
管理栄養士/美容食インストラクター
日本ビューティーヘルス協会 会長
睡眠はヒトが健康を維持する為に重要な要素のひとつです。心身へ与える影響は多岐に渡ります。しかし、真面目で良く働く日本人は、睡眠時間を犠牲にすることを良しとされる風潮が昔からあり、それは今でも残っています。寝ないで働く、朝まで勉強する、ということが美学のように思われ、逆に寝ることは無駄なこと、怠け者、と捉えがちなところがあります。けれど、寝ないことは美学でも何でもありません。逆に人生で損をする、ことしかないのです。
2種類の睡眠
睡眠は深い眠りのノンレム睡眠と浅い眠りのレム睡眠の2種類があります。
ノンレム睡眠
ノンレム睡眠は大脳を休める睡眠で深い眠りです。昼間に酷使した大脳皮質を睡眠前半で集中的に冷却し休養を取らせます。全身の筋肉は緊張が保たれていますので、寝返りなどをして動くことがよくあります。
睡眠の深さ、脳波の活動性によってステージ1~4「浅い→深い」の4段階に分かれています。
ステージ1:頭蓋頂一過性鋭波
ステージ2:睡眠紡錘波およびK複合
ステージ3、4:高振幅徐波 →徐波睡眠(slow wave sleep, SWS)と呼ばれています。
徐波睡眠は睡眠分類の中では一番深い睡眠にあたることから、熟眠感との関連、成長ホルモンの分泌、エネルギー保存機構との関連などが考えられています。加齢と共に徐波睡眠は減少します。
ノンレム睡眠は高等生物に多くみられます。特に霊長類など大脳皮質が発達した動物では主要な睡眠となります。昼間に酷使した大脳皮質を睡眠前半で集中的に冷却し休養を取らせます。神経伝達物質であるセロトニンが睡眠の開始および徐波睡眠の調節を行っています。
レム睡眠
レム睡眠は睡眠全体の20~25%ほどを占めます。特徴は急速眼球運動(rapid eye movements: REMs)と骨格筋活動の低下です。急速眼球運動が現れていて、レム睡眠時の人の目元をみると瞼が少し震えるように動きます。自律神経系が不安定で不規則に変化し、心拍や呼吸や血圧などが乱れたり、陰茎・陰核の勃起がみられます。
レム睡眠は夢をみる睡眠段階と考えられています。但しノンレム睡眠時にも僅かに夢を見ることがあります。
ノンレム-レム睡眠周期は90~120分(個人差あり)で周期がくればレム睡眠は5~30分続きます。朝方になるにしたがってレム睡眠の持続が長くなります。夢は朝方や寝起き近くに見ていることが多いですよね。ノルエピネフリン(交感神経の情報伝達に関与する神経伝達物質)がレム睡眠を調節して覚醒を促す作用があります。
レム睡眠では筋肉が弛緩し体が動かない状態になり、エネルギー消費量を節約します。つまりレム睡眠は脳波活動は比較的活発で夢をみて、身体の運動活動は休める睡眠といえます。
レム睡眠は下等動物(爬虫類や両生類など)にみられる発生学的に古い睡眠と言われています。物実験ではレム睡眠を剥奪すると死に到ることが知られています。
参考
ノンレム睡眠 e-ヘルスネット
レム睡眠 e‐ヘルスネット
睡眠の役割
休養
心身を休んで体力を養うことを「休養」と言います。健やかな睡眠によって十分な休養をとることができます。睡眠不足や睡眠障害などによる休養不足はヒトの心身に悪影響をもたらします。睡眠不足、短時間睡眠、不眠などが継続すると、日中の強い眠気、作業能率の低下、注意力の低下、集中力の低下、疲労感や倦怠感の増加などが生じやすくなります。それにより産業事故、不眠による精神疾患などを起こすリスクが増え、人為的ミスの危険性が増えると言われています。
2016年に発表されたアメリカのシンクタンク、ランド研究所による見積もりによると日本における睡眠障害による経済損失は年間15兆円にのぼるとも試算されています。シフトワーク、長時間通勤、受験勉強、パソコン・スマホやゲームなどによる夜型生活など、睡眠障害になる可能性はたくさんあります。
長い時間、起きている状態(覚醒)でいると脳の機能は徐々に低下していき疲労状態になります。疲労した脳を休息・回復させることを「睡眠恒常性維持機構」と言います。日常生活で睡眠不足が持続すると、夜間の睡眠はより深くなり、更に日中にも眠気が出るようになります。このように脳の疲労に応じて休養させることが、「睡眠恒常性維持機構」の働きです。
脳の大脳皮質は進化と共に大きく巨大化し、大量のエネルギーが必要になりました。適切な機能、覚醒を維持する為には効率的な休息が必要になります。睡眠物質の働きにより覚醒時間に応じて睡眠させるメカニズムが成り立っています。プロスタグランジンD2やアデノシンが睡眠物質の役割を担っており、長く覚醒状態が続くにつれて蓄積し睡眠を発現させる生理活性物質として働きます。視床下部の腹外側視索前野のGABA系を活性化し、覚醒系を抑制するというカスケードが考えられています。
浅い睡眠では、日中に最も使われる「優位半球の連合野」が休息をとり始め、睡眠が深くなるにつれて休息が大脳皮質の連合野全体に広がっていくことが報告されています。深いノンレム睡眠が、大脳皮質の連合野の睡眠であることが確認されました。同時に日中により使われたと考えられる優位半球(左半球)では脳波的には浅い睡眠から脳活動が低下する可能性、つまり使われた部位ほどよく眠る可能性が示されました。
参考論文:睡眠の役割とメカニズム
起きている間、私たちの脳や体は常にフル稼働しています。脳は五感で得た情報を集計し認識させます。神経系は超高速で情報処理をしています。人の話を聞く時に、声が小さかったり、周りがざわついていて、聞きづらいなと感じたら、相手の目や表情、口の動きなどに注目し、正しく聞き取ろうとします。このように起きている時は一つの器官だけを使っているのではなく、色々な器官の働きを組み合わせて活動をしています。その為、自覚をしていないところも疲労が溜まっていることが考えられます。
睡眠は身体全体を休養させフル稼働した心身の疲労を回復させる働きがあります。睡眠をとることで、脳を休息させてシナプス(神経細胞であるニューロンと次のニューロンをつなぐ接合部のこと)の適正化が行われます。起きているときに得た膨大な情報を整理して記憶に重ねていくとされています。 ヒトやラットの実験で睡眠を奪うと、精神の変調や恒常性維持機能の低下などが起こり、感染症にかかりやすくなることがわかっています。
ヒトでの断眠 1964年に高校生のランディ・ガードナーが264時間の不眠を記録した。48時間後→怒りっぽくなった、集中力の低下。96時間後→妄想をきたし、激しい疲労感。7日目→震えを呈して、言語障害がみられた。不眠後、15時間の睡眠、23時間の覚醒、10時 間の睡眠。そして1週間後に元の生活サイクルに戻り、後遺症もなかった。
https://www.ss-cc.jp/pdf/kenko_kaitei_kahitsu.pdf
参考:
睡眠と健康(休養)
https://www.ss-cc.jp/pdf/kenko_kaitei_kahitsu.pdf
記憶
睡眠が記憶や学習に重要であることが証明されつつあります。日中に見たことや学習したことを脳に定着させたり、整理したりするのも睡眠の効果です。睡眠時間が不足すると、メンテナンスも不十分になり、学習の効果が低くなると言われています。
レム睡眠時の記憶能力
人は覚醒状態から睡眠状態に移行する、つまり入眠時に脳神経の活動のバランスが大きく変化します。睡眠状態になると、モノアミン神経活動が低下し、コリン作動性神経活動が増加します。特にレム睡眠中は、モノアミン神経系の中でもノルアドレナリンやセロトニン神経活動が殆ど停止します。一方、コリン作動性神経活動は活動が高まります。コリン作動性神経活動は覚醒中の記憶機能に重要な役割を果たしています。
生理学的には記憶学習中に脳の海馬の中のアセチルコリン濃度が高まることが知られています。レム睡眠中のコリン作動性神経活動は前頭一側頭皮質中心にみられる θ波バースト と関連し、特徴的な PGO(ponto─ geniculo─occipital)波 との関連も推測されます。PGO波は記憶増強と夢見との関連性にも関与している可能性が推測され、レム睡眠は記憶増強をする有力な背景神経構造があると考えられています。
レム睡眠では神経細胞同士をつなぐシナプスを強めて、学習や記憶を促すデルタ波に現れました。レム睡眠を無くすと、徐々にノンレム睡眠中のデルタ波が弱まり、レム睡眠を増やすとデルタ波が強まることが判明しました。このことから、レム睡眠はこの作用で学習や記憶形成に貢献することが示されました。
ノンレム睡眠時の記憶能力
ノンレム睡眠中にも、レム睡眠とは異なる記憶増強プロセスがあると推測されています。睡眠紡錘波(sleep spindle)は14Hz帯域の脳波成分からなり多くは左右対称性に規則的な活動をします。 睡眠紡錘波は断続的、非周期的な活動をし、睡眠安定期から出現が増加します。視床が発生源で、皮質領域の神経活動を反映していると推測され、その出現と海馬、皮質の局所由来性鋭波活動が出現する為、記憶増強に伴う海馬、皮質情報伝達の一部を担っている可能性が推測されています。
遺伝子転写と記憶能力
睡眠中、遺伝子の転写の活性が高まる遺伝子群が存在しています。遺伝子群にシナプス伝達の長期増強に関与する遺伝子群の一部が含まれています。特に睡眠中に高く、睡眠を剥奪すると遺伝子転写活性が有意に低下し、記憶力も低下することが動物実験で示されています。
BDNF(brain─derived neurotrophic factor)mRNA,CREB(cAMP response element binding protein)mRNA,SynapsinⅠmRNA,CAMKⅡ(calcium─ calmodulin─dependent protein kinase type II)mRNA,など
学習後に眠ることで情報が記憶に定着する
下記に示す「睡眠中の情報処理」という論文は眠っている間の記憶や夢について様々な研究がされている非常に面白い論文です。いくつかの研究結果をご紹介します。
学習後に眠ることは眠気や疲れを取り除き体のコンディションを整えることになります。けれどそれだけはなく、学習した記憶をより強固に脳に定着させる効果が示されています。今までは、覚醒中に何度も繰り返し学習をすることで、記憶力が増し学習能力が上がると考えられていましたが、それだけではなく、学習の後の睡眠中に多くの記憶の定着が行われていることがわかりました。
もちろん、覚醒中の学習努力なしには起こり得ないことではありますが、学習後に眠りという状態を脳に与えることがより学習効果をもらたします。睡眠は休息ではありますが、同時に促進であるという見解もできます。
学習をした後に睡眠する人(Aさん)と、学習をした後に一睡もしない、いわゆる断眠状態の人(Bさん)で試験を行います。この状態で翌朝に試験を行うことは大きな差があります。Aさんは疲労が回復されて眠気が無い状態、Bさんは疲労と眠気が酷い状態になり、その差は歴然としたものです。その為、断眠を回復させるために二晩経った後に試験を行いました。結果、Aさんは有意に成績が向上し、Bさんは向上がみられない、つまり学習をしたその日の夜に眠らないと成績向上が得られないということがわかりました。
睡眠の質により記憶や学習向上は異なる
睡眠時間の最初の約1/4に含まれる徐波睡眠と最後の約1/4に含まれるレム睡眠の量を掛け合わせることで向上量を8割説明できることを示していると言います。つまり前半の徐派睡眠と後半のレム睡眠のどちらが欠けても学習向上は起こらず、両睡眠が多いほど向上量が大きいということがわかりました。
短時間の昼寝は効果が見られまさえんが、60分間や90分間などの長時間の仮眠は、徐波睡眠とレム睡眠の両方が出現するときがあり、出現したときに限って向上がみられ夜間睡眠時の向上量とほぼ同じ効果が確認できたということです。夜、昼に関わらず徐波睡眠とレム睡眠が出現することが必要であり、睡眠の質が関係すると言えます。
参考:
睡眠と記憶,認知機能 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/22/3/22_151/_pdf/-char/ja
睡眠中の情報処理 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjppp1983/25/1/25_17/_pdf/-char/ja
ストレス消去
一日フル稼働した脳を休養させるために、質の高い睡眠がとても大切であることは前述しました。ストレスが負荷されている状態では、脳が興奮し入眠しずらくなり睡眠障害が起こるリスクが増えます。その為、就床前にはゆったりとした気持ちにさせ、ブルーライトなどは避けるような過ごし方も大切です。
睡眠時間が少ない状態になると、自律神経や内分泌系(ホルモン)のバランスが乱れ不調が起こりやすくなります。ストレスに対抗する副腎皮質ホルモンなどは朝に多く分泌され、昼から夜にかけて徐々に減り、深夜には最低値になります。副腎皮質ホルモンは過剰になると脳の記憶を司る海馬の萎縮を促進させ、過剰な不安感を抱くようになるなど抑うつ状態になるリスクがあります。夜遅くまで起きている状態は自らストレスに弱い体を作っているようなものです。
ホルモン分泌
一日の時計遺伝子により、ホルモン分泌は最高値や最低値などが変わります。睡眠に関わるホルモンは多くあります。睡眠不足や睡眠の質の低下はこういったホルモンの分泌が乱れ、多くの不調や疾病に繋がりやすくなります。
ホルモン:体のあらゆる部分の働きに影響を与える化学物質で調整作用がある。体の各部位の活動を制御したり、促進したり、協調させる。内分泌線で生成されたホルモンは血中に直接放出される。
内分泌系:ホルモンをつくって分泌することにより体の様々な機能の調節や制御を行う腺や器官の集まり。
ヒトは地球上で最も脳(中枢神経系)が発達した生物です。そのため昼間(活動期)は脳がフル稼働をしていますので、消耗した脳の疲労回復や情報の整理などが必要となり機能維持のために睡眠が重要な役割を担っています。
成長ホルモン系
成長ホルモン(Growth Hormone:GH)とは、子どもが成長するときに必要なホルモンですが、実は「代謝調節作用」として一生涯分泌されるホルモンです。睡眠に関連した分泌パターンを示す代表的なホルモンのひとつになります。主な働きは、筋肉、骨の成長を促進、血中の糖を維持、体内ナトリウムを維持、脂肪分解を促進などがあり、コラーゲン生成などにも関わっていますので、健康・美容に欠かせないホルモンです。またインスリン様成長因子(insulin–like growth factor:IGF)と共に脳や記憶などにも関与しています。
脳の視床下部から分泌される成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)により、下垂体前葉からの成長ホルモン(GH)が分泌されます。逆にソマトスタチン(成長ホルモン抑制因子GIF)は視床下部などの部位から分泌され、GHの分泌抑制に働きます。胃から多く分泌されているペプチドのグレリンもGHの分泌を促進します。夜間にグレリンは上昇し、ソマトスタチンは低下します。
GHは睡眠開始後の徐波睡眠の出現と深く関連し徐波睡眠の開始とともに、遅くとも数分以内に突発的なGH分泌のパルスが起こります。この時のGH分泌は一日の中で最大です。
一日の中では50~70%が睡眠中に分泌されると報告されています。その為、睡眠はとても大切で、特に睡眠の質が重要です。入眠後にしっかりと熟睡することでGHの分泌は起こります。寝る前はゆったりとリラックスをして過ごし、良い睡眠へ導くような生活をしましょう。
参考:https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=8215
細胞分裂の促進 身体の修復 肌生成
成長ホルモンは骨の成長や細胞分裂の促進、代謝促進などの生理機能をを促進する働きがあります。成長ホルモンが肝臓からの IGF-1(insulin-like growth factors1:成長因子)の分泌を促進し、その IGF-1 が肌細胞に働きかけて、美肌成分のコラーゲンなどの生成を促します。成長ホルモンは上述のように睡眠中に分泌が高まります。睡眠中にIGF-1 を介して肌細胞の働きを高め、昼間のダメージから回復させることで美肌を保っています。また肌の保湿力を示し、外の環境からの守るための皮膚のバリア機能が睡眠不足によって低下することが報告されています。人において成長ホルモンが著しく不足すると肌の乾燥症状がみられるとの報告がされています。
日本人女性の意識調査(16~83歳女性1133名、2011年実施)において約70%の人が睡眠不足のときに肌の不調を感じていることがわかりました。また、同調査の美肌実感シーンにおいて50%以上の人が睡眠が十分にとれているときに自分自身の顏の肌がきれいと実感すると回答がありました。
参考
成長ホルモン欠乏ミニラットの皮膚の 組織学的性状と毛周期の解説
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/3432/files/umeda_ah23.pdf
清酒酵母による睡眠の質改善作用と機能性表示食品への応用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/19/7/19_291/_pdf/-char/ja
参考論文:睡眠が身体と肌のリズムに及ぼす影響
副腎皮質ホルモン系
コルチゾルは副腎皮質ホルモンのひとつです。主な働きは、筋肉でのタンパク質代謝、脂肪組織での脂肪分解、肝臓での糖新生など代謝を促進したり、抗炎症、免疫抑制などその働きは多岐に渡り、生きていく上でとても重要な訪問です。
ストレスを受けた時に分泌が増えることからストレスホルモンと呼ばれています。各器官にてストレスに対抗する為に、調整が行われます。けれど過剰なストレスを受け続けるとコルチゾルの分泌が慢性的に長くなり、不眠症や精神疾患、生活習慣病などストレス関連の疾患に繋がるとも言われています。
視床下部より分泌される副腎皮質ホルモン放出ホルモン(CRH)は下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌を促進し、ACTHは副腎皮質からの副腎皮質ホルモンの分泌を促進します。ACTHとコルチゾルの血中濃度は朝が最高値で徐々に低下し、入眠時刻くらいで最低値となります。夜間に徐々に上昇をしはじめ、起床時刻の2~3時間前から急速に上昇します。コルチゾルの分泌時間帯は睡眠の時間帯や睡眠の有無などに影響を受けず、 概日リズムによる影響は強いと考えられています。
睡眠はコルチゾルの分泌量を抑制します。断眠中にはコルチゾルが最低となる持続時間が短縮します。3時間の断眠でもコルチゾル分泌量増加が引き起こされ、不眠症患者は健常者よりも夜間のコルチゾル分泌量が多いと言われています。
参考:https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2018/12/84-17-20.pdf
甲状腺ホルモン系
甲状腺は喉仏のすぐ下にある小さな臓器です。食品に含まれるミネラルのヨウ素からホルモンを生成し、血液中に分泌します。甲状腺ホルモンはタンパク合成、脂質、糖質代謝などに関与し主に全身の代謝を高める役割があります。甲状腺ホルモンには、4つのヨウ素を持つサイロキシン(T4)と、3つのヨウ素を持つトリヨードサイロニン(T3)の2種類があります。
甲状腺ホルモンの働き
①細胞の新陳代謝を活性化:脂肪や糖を燃焼させてエネルギーを生成し体温調節や全身の細胞の新陳代謝を促進します。脳、心臓、胃腸などの働きを活性化します。
②自律神経への影響
甲状腺ホルモンは交感神経を刺激します。それにより脈がはやくなることもあります。
③成長や発達を促進
甲状腺ホルモンは母親の胎内で胎児の正常な成長や発達に働きます。
視床下部から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)は、下垂体前葉から甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌を促進します。TSHは甲状腺からのT4、T3の分泌を促進します。TSHの血中濃度は日中は低く、夕方から徐々に上昇しはじめ、入眠時刻の前後で最高値になり入眠後は夕方まで低下し続けます。TSH分泌は入眠より前から始まっており、TSH分泌時間帯は概日リズムによる影響は強いと考えられています。
参考:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4al.pdf
プロラクチン
プロラクチン(PRL)とは下垂体前葉より分泌され乳腺の発育促進、乳汁分泌、黄体刺激などの作用を持ちます。乳汁の分泌や乳腺の発達を促進する生理作用が有名ですが、 PRL は他に多くの生理作用があります。特に古くから脳への作用が注目されてきました。
PRL 以外の下垂体前葉ホルモンは、生体内の他の内分泌器官からホルモンを放出させることが主要な機能です。つまり下垂体前葉ホルモンが他のホルモンの分泌を制御していますが、 PRL はそういった機能が主ではありません。主な働きは「水分および電解質の調節」「成長および発生の制御」「内分泌および代謝の制御」「 脳および行動の制御」「生殖の制御」「免疫反応および生体防御」などです。この多様な機能を有する下垂体ホルモンは他にはありません。これらに関連した数百にのぼる生理作用が報告されています。
血中PRLは正午頃に最低値で午後から徐々に増加し、入眠直後から睡眠の中間にかけてピークを示します。睡眠はPRL分泌を増強し、睡眠中の覚醒によりPRL分泌は抑制されます。日中に仮眠をとってもPRL分泌が促進されます。断眠すると普段の睡眠時間帯に少量のPRLの分泌がみられます。つまり概日リズムによる影響は弱いとされています。睡眠をすることにより正常なPRL分泌が起こり、体のあらゆる調整が行われます。
参考:
https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/035220.html
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9626554/
性ホルモン系
性ホルモンはステロイドホルモンの一種で男性ホルモンと女性ホルモンに分けられます。
女性ホルモンの一種であるエストロゲン(E)は卵胞ホルモンとも言います。Eには、エストロン(E1)、エストラジオール(E2)、エストリオール(E3)の3種類があり、性成熟期に働く主なEはE2です。Eの働きは乳腺細胞の増殖促進、卵巣排卵制御、中枢神経の女性化、皮膚薄化、脂質代謝制御、インスリン作用、血液凝固作用、LDLの減少などによる動脈硬化抑制などがあります。
男性ホルモンの一種であるテストステロンは精巣や前立腺などの男性生殖組織の発達に重要な役割を果たし筋肉や骨量の増加、体毛の成長などを促進します。
一日の中の性腺刺激ホルモンの分泌パターンは成熟の程度、性別により大きく変化します。思春期前の男女では黄体形成ホルモンと卵胞刺激ホルモンは入眠により高まりますが、思春期から成人期にかけて日中の分泌が増え昼夜の違いが見られなくなります。
思春期の女性は卵巣より分泌されるE2の血中濃度が日中に高く、夜間に低いという日内変動を示すようになりますが、これは性腺刺激ホルモンによるエストラジオールの分泌は約10時間遅れで起こる為と考えられています。
思春期の男性は夜間の性腺刺激ホルモンの増大と一致して精巣より分泌されるテストステロン血中濃度が高くなります。テストステロンは夜中前に最低値をとり、早朝に最高値となる日内変動を示します。夜間のテストステロン増加は最初のレム睡眠と関連します。
閉経後の女性は性腺刺激ホルモン濃度は高くなりますが日内変動はみられません。エストロゲンによるホルモン補充療法は睡眠の質の向上に限られた効果がみられました。
メラトニン
メラトニンは、別名「睡眠ホルモン」と言われていて生体リズム調節に重要な役割をしています。視床下部の視交叉上核から交感神経系を含めた複数の伝達路を経由した指令により松果体より分泌されます。網膜から入った外からの光刺激は、視交叉上核を経て松果体に達します。地球の自転の24時間の明暗周期の情報が伝達されています。メラトニンはこの明暗周期の情報を体のあらゆる臓器に伝達する役割を果たしています。
成人の場合、21時くらいから少しずつ眠気を感じて23~24時に眠気のピークが来て眠ります。そのリズムを作っているのが、メラトニンです。メラトニンの分泌は睡眠中に高くなり、覚醒中に低くなります。朝起きて光が目に入ってから14〜16時間後にメラトニンは分泌されます。朝起床して体内時計からの信号でメラトニンの分泌が止まり、そこから14~16時間後に再び分泌され、その作用で再び眠気が起こります。
明るい光によってメラトニンの分泌は抑制されますので日中にはメラトニン分泌が低く、夜間に分泌量が十数倍に増加します。但し、強い照明(1000ルクス、明るい蛍光灯)を浴びると夜間であってもメラトニン分泌量は低下します。すなわちメラトニンは体内時計と環境光の両方から調節を受けています。
e-ヘルスネット メラトニン
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-062.html
参考:睡眠関連ホルモンの計測
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/46/2/46_2_169/_pdf
免疫機能
睡眠と免疫の関係については明確になっています。質の悪い睡眠は生活習慣病の罹患リスクを高め、かつ症状を悪化させることが分かっています。睡眠の質が改善されることで、免疫記憶で活躍するT細胞という免疫細胞の免疫記憶の持続時間が長くなると言われています。T細胞は侵入した病原体を認識、排除することで再度の侵入を抑制しています。睡眠を十分に取ると、T細胞の記憶の持続期間が長くなると言われています。
参考
睡眠と免疫の不思議な関係
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/42/5/42_5_322/_pdf
Effect of mats with “A Distinctive 4-Layer 3-Dimensional Structure”on sleep quality, anti-oxidative and immunological function
https://www.toukastress.jp/webj/article/2017/GS17-18J.pdf
睡眠と美肌
肌生成は成長ホルモンの働きにより促進されることは上述の通りでした。入眠後の深い眠りであるノンレム睡眠時に脳下垂体から分泌される成長ホルモンによって、皮膚の細胞分裂やダメージからの回復を促進すると考えられています。
睡眠が十分に行われたときと行われなかったときの肌への影響について研究結果があります。20代の健康な女性12名による調査で、3日間の計測が行われました。初日は十分睡眠がとれた状態、2、3日目は徹夜をして睡眠がとれていない状態です。
徹夜をした状態は血液中に存在する酸素型ヘモグロビン(鮮赤色)の量が減少し、還元型ヘモグロビン(暗赤色)が増え、代謝機能の明らかな低下がみられました。肌の色は血液の色が大きく影響します。睡眠不足で還元型ヘモグロビンが増えると、肌の赤みが減り「くすみ」を生じます。これはシミではないけれど、何となく顏色が暗い、血色が悪い、老けた印象を持たせます。また徹夜状態だと顏のむくみにも影響があり、朝のややむくんだ状態が一日中持続されました。睡眠不足によって生じた生体への負担が血行不良と代謝機能の低下を引き起こし、これらの機能低下が肌の赤みの減少や顏などの形状変化、むくみへ影響を及ぼしていると考えられました。
参考論文:睡眠が身体と肌のリズムに及ぼす影響(フレグランスジャーナル)
時計遺伝子と皮膚バリア
細胞には時を刻む時計遺伝子があり、遺伝子の発現が24時間周期で増えたり減ったりします。その結果、関連する遺伝子の転写やタンパク合成が時間と共に変化をして概日リズムをつくっています。皮膚では水分蒸散量、角質pH、角質水分量、皮脂産生、皮膚表面温度などが日内変動をしています。
皮膚は昼間の活動時間に防御機能が高まり、夜間の休息時間に再生や修復が行われます。体内時計は皮膚機能が最適な時間帯に最大のパフォーマンスができるようにコントロールされています。その為、体内時計の働きが抑制されたりリズムが乱れると、皮膚は水分量の低下やバリア回復の遅れなどが起こることが報告されています。
・夜間に発現する時計遺伝子「BMAL1」
・昼間に発現する時計遺伝子「PERIOD1」
皮膚(角質)のバリア機能は角化細胞の間にセラミドなどの細胞間脂質があり、外部からの刺激から防御したり、体内の水分を逃がさない為の保湿の役割を果たしています。脂質トランスポーター「ABCA12遺伝子」は表皮細胞中に存在し、皮膚バリア形成の要となるセラミドを層板顆粒内へ運ぶ脂質トランスポーターです。ABCA12によりセラミドなどを摂り込んだ層板顆粒は顆粒層から角質層への最終分化の時に細胞外へ放出されます。そうして角質内でセラミドなどは細胞の間へたどり着き、細胞間脂質になります。
参考論文:シャルドネ果実エキスによる体内時計に着目した皮膚バリア回復力の効果(フレグランスジャーナル)
参考:
睡眠と健康(休養)
https://www.ss-cc.jp/pdf/kenko_kaitei_kahitsu.pdf
健やかな眠りの意義 厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-01-001.html
「睡眠と美容」に関する調査
https://www.saishunkan.co.jp/news/news_release/detail/20161115_01/pdf/20161115_57.pdf
厚生労働省 健康づくりのための睡眠指針2014 ~睡眠12箇条~
1.良い睡眠で、からだもこころも健康に。
2.適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
3.良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
4.睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
5.年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
6.良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
7.若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
8.勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
9.熟年世代は朝晩メリハリ、昼間に適度な運動で良い睡眠。
10.眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
11.いつもと違う睡眠には、要注意。
12.眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。
最後に
睡眠について、睡眠の働きについて、睡眠と肌との関係について、あらゆる論文を参考に記載しました。健康、美容の為に、質の良い睡眠をとることは必須です。質の良い睡眠をとる、ということはノンレム睡眠をしないといけません。つまり深い眠りです。その為には、以下の習慣をまず始めましょう
・規則正しい生活習慣:3食の食事時間や生活習慣を毎日一定にする
・毎日、同じ時間で起床する
・就床30~1時間前は、ブルーライト(テレビ、パソコン、ゲーム、スマホなど)を避ける
・夜寝るまでは強い蛍光灯(白色)を避けて、出来るだけ暗めの白熱灯(オレンジ色)にする
・湯舟に10分ほど浸かる
・夜21時以降、遅くとも寝る3時間前までに飲食(水、お茶以外)をすませる
・寝酒はやめる
まずは、これらの習慣を心がけることからやってみましょう。朝の目覚めが変わってきます。1日の行動や脳の働きも変わってきます。その方が人生において得です。睡眠障害による経済損失は15兆円です。睡眠が改善するだけで人生が良く変わる可能性も大きいのです。是非参考にしてください。
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