食文化と腸内細菌~生涯最大のパートナー~
著者:池上淳子
管理栄養士/美容食インストラクター
日本ビューティーヘルス協会 会長
Contents
日本人の腸内細菌
美容や健康に大きな関わりがあるとされ、非常に注目を浴びている腸内細菌。腸内環境改善をすることで免疫力UPで強い身体づくり、肥満予防、美肌、便秘予防などあらゆる嬉しい効果が期待できます。 美腸を目指す女性も多く、腸が美や健康の要という見方も良くされています。
もちろん美や健康に腸内環境、腸内細菌の影響は大きいですが、それだけということには陥らないように。活性酸素、血糖値の乱降下、加齢など美や健康の為には、全体で改善していかないといけません。
そう言いながらも、腸は神経系とも結びつき私たちの精神面なども関わっている重要な臓器です。その中には多くの腸内細菌が住んでいます。この腸内細菌、国や食文化によって種類も量も異なります。人間の耐性って素晴らしいなとつくづく思うところですが、最優先は「生きる」ということなんでしょうね。
偏った栄養しか摂れない国もあります。数種類の食材しか摂れない国もあります。健康に生きていく為に必要な5大栄養素が摂れず、その食生活を何万年、何千年続けることで、不足する栄養素を腸内細菌が作りだしたり、補ったり、また全く作り出せなくても生きていくように対応してくれているそうです。
日本人にも何千年、何万年と続いてきた食生活があります。それは、狩猟から農耕へ、肉禁止から欧米食化へ、移り変わっています。今の日本人にとって美や健康に良い食生活はどういったものであるか、この記事が少しヒントになれば幸いです。
腸内細菌について
人の腸管には100~1000種類、100~1000兆個もの腸内細菌が住んでいると言われています。その重さは約1.5㎏。体重の1.5㎏は腸内細菌の重さと思えば、どれほどの量が住んでいるのか、その途方もない世界を思い知るのではないでしょうか。
腸内細菌には多くの種類があり、多様性が求められます。また国、人種やいつも食べている食事の特徴によっても、腸内細菌の菌種組成などは変わると言われています。
日本人腸内細菌叢は、①ビフィズス菌やブラウチア等が優勢し、古細菌が少ない、②炭水化物やアミノ酸代謝の機能が豊富である一方で、細胞運動性や複製・修復機能が少ない、③他の11カ国ではおもにメタン生成に消費される水素が日本人ではおもに酢酸生成に消費される等の違いや特徴が明らかとなりました。このほか、④海苔やワカメ(の多糖類)を分解する酵素遺伝子が、約90%の日本人に保有されるのに対して、他の11カ国では〜15%となり、本酵素が日本人集団に特徴的に広く分布していることも明らかとなりました。以上のような日本人腸内細菌叢の特徴には、生体に有益な機能が外国よりも多く含まれ、その総合的な有益性は日本人の世界一の平均寿命や低い肥満率等と関連することが示唆されました。
The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness https://academic.oup.com/dnaresearch/article/23/2/125/1745357
善玉菌のひとつ「ビフィズス菌」
ビフィズス菌と聞くと、ヨーグルトを連想される方も多いのではないでしょうか。確かにビフィズス菌入りのヨーグルトは市販されていますが、特に食べるものではなく、日本人や東アジア人の腸の中に多く存在している善玉菌です。
ビフィズス菌
e-ヘルスネット 厚生労働省
乳酸菌の一種で、主に人間や動物の腸内に存在する代表的な善玉菌。整腸作用だけではなく、病原菌の感染や腐敗物を生成する菌の増殖を抑える効果があると考えられている。主に人間や動物の腸内に存在する乳酸菌の仲間で、善玉菌の代表格です。特に乳児の腸内に多く存在しています。他の乳酸菌と違い酸素を嫌う性質があり、発酵すると乳酸だけではなく酢酸も発生させることから、乳酸菌とは別の種類とされることもあります。ビフィズス菌は腸内で有害な菌の繁殖を抑え、腸の働きを良くする働きがあります。ビフィズス菌は酸に弱く、経口摂取によって生きたまま腸まで届けることが難しいため、さまざまな研究がなされています。腸内に元々存在しているビフィズス菌を増やすためには、その材料となるオリゴ糖などを摂ることが有効とされています。
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/food/ye-029.html
大腸内のビフィズス菌は、善玉菌として働きます。 オリゴ糖、水溶性食物繊維、発酵食品などはプレバイオティクスと言われ、善玉菌のエサになります。ビフィズス菌はプレバイオティクスを元に、腸内発酵をし、短鎖脂肪酸のひとつである「酢酸」を作ります(酢酸だけではないが、代表的なもの。乳酸などもつくる)。
酢酸は、酸が2つ結合されていて強い力を持っています。
酢酸の強い力で悪玉菌や有害な細菌や病原菌などを殺菌し、大腸内の腸内環境を整えます。更に酢酸に大腸の上皮細胞の傷を治す力があることもわかってきました。
酢酸の有用な働きは、私たちを健康に導いてくれるものです。免疫力を強くする、便秘改善、美肌、新陳代謝促進などがあります。また大腸の上皮細胞は傷がつきやすく、そこから炎症を起こし大腸がんなどに発展することが報告されています。その傷ついた大腸を修復する働きが酢酸にあることが明らかになりました。
参考資料:NHK 美と若さ新常識
国や食生活によって異なる腸内細菌
国や食事によって腸内細菌の種類や量などは違ってきます。細菌叢の種類を3つのタイプ=エンテロタイプに分ける研究がされました。1)
- バクテロイデスタイプ :肉食を中心にした食生活の国に多い(中国や欧米人など)
- プレボテラタイプ :穀物(小麦やトウモロコシ)を中心にした食生活の国に多い
- ルミノコッカスタイプ :二つのグループの中間的な食生活の国に多い(日本やスウェーデンなど)
1)参考論文
Arumugam Mら.”Enterotypes of the human gut microbiome” ,Nature, 2011;473:174-180
日本人とビフィズス菌
日本人に多い腸内細菌の代表がビフィズス菌です。ビフィズス菌の種類である「ビフィドバクテリウム属」と「ブラウチア属」の細菌を多く持っていると報告があります。また日本固有の特徴として「他の11カ国では普通にみかける古細菌が目立って少ない」「炭水化物などを栄養素として活用する代謝機能が優れている」「日本人の9割はノリやワカメなどを分解する酵素遺伝子をもつ」といったことなども報告されています。日本は世界一の長寿国と言われ、先進国の中でも肥満が少ないと言われています。その傾向が日本人が持つ腸内細菌との関連があるのではないかと世界からの注目を集めています。
パプアニューギニア高地人の筋肉とサツマイモ
よく注目されているのはパプアニューギニア高地人が主食でサツマイモを食べて、殆どタンパク質を摂っていないのに筋肉質になることです。パプアニューギニア高地人は背は低いものの、ムキムキの素晴らしい筋肉をもつ強靭な肉体です。これには多くの研究者が興味を持ち、注目されてきました。
パプアニューギニア高地人はタンパク摂取量が不足し、筋力トレーニングなどを特にしている訳ではありません。日々サツマイモを食べて畑仕事をしている若年男性が巨大な筋肉を発達させています。様々な研究が進められてきました。例えば、時々摂取するタンパク質を体に溜める体質であること、体外へのタンパク質の排出が他の地域の人たちよりも少ない傾向があること、などがあります。
そして腸内細菌の研究が進むにつれ、腸内細菌がそれぞれの食文化が提供する栄養素の過剰や不足を調整するような役割を担ってきたと考えられています。サツマイモを中心とした食文化のパプアニューギニア高地人、肉食や乳類を中心とした食文化の欧米人、穀類や塩味のおかずで構成された食文化の日本人、乳製品を多く摂る牧畜民など、各食文化にある環境条件に対応して腸内細菌叢は成立してきたのでしょう。食文化の多様性は腸内細菌叢の多様性に繋がり、人間の栄養機能の多様性に関わります。その為、食文化が変われば腸内細菌叢も変化し今まで持っていた機能も変わる可能性が示唆されます。
参考論文
パプアニューギニア高地人の食事組成と腸内細菌叢
https://core.ac.uk/download/pdf/35274904.pdf
腸内フローラ研究からみた日本人とアジア人の健康https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/29/3/29_137/_pdf/-char/ja
日本人の腸内細菌叢
日本人は紅藻類(海藻)を分解できる腸内細菌のひとつ、バクテロイデス・プレビウスが腸内にいることが報告されていて、この菌のおかげで海苔を消化できます。欧米人は海苔を食べても消化されず便にそのまま出てきます。
フランスの研究グループの報告で、紅藻類の細胞壁にあるポルフィランという炭水化物を分解する酵素を持つ一般的な海洋細菌ゾベリア・ガラクタニボランスを口に入れた日本人が腸の中でこの遺伝子が プレビウス菌 に移り、プレビウス菌が紅藻類を分解できる働きを持つようになりました。島国である日本だからこそ、この菌が広がったと言われています。
つまり、腸内に住んでいる腸内細菌叢は、宿主がもつ食文化により、その種類や量など、多様性は異なり、状況に応じて対応し、私たちを健康に生きていくためにサポートしてくれると言えます。
日本人が長く食べてきた食文化は、米を主食とした食事で、米、野菜、大豆、魚を中心とした和食です。そういった食事を摂ることが日本人の腸内細菌達にとって最も必要とするエサであり、健康を維持してくれることに役立つと思われます。
参考論文
Transfer of carbohydrate-activity enzymes from marine bacteria to Japanese gut microbiota”, Nature, 2010;464:908-912海洋細菌から日本の腸内細菌叢への炭水化物活性酵素の移動
https://hahana.soest.hawaii.edu/cmoreserver/summercourse/2015/documents/DeLong_06-01/sushi_microbiome.pdf
いつから腸内細菌は体内にいるのか
赤ちゃんは母体の中にいるとき、無菌状態で、腸内細菌はいない状態です。ではいつ体内に菌が入ってくるのか。その瞬間は出産の時です。出産する際、母体内で産道にビフィズス菌などを出し、それを赤ちゃんが体内に取り込む、というしくみになっています。また母乳にもビフィズス菌が多く含まれていますので、そこからも母から子へと腸内細菌が移っていきます。
それであれば、帝王切開であったり、母乳ではなくミルクで育てた場合、どうやってビフィズス菌などの腸内細菌が移っていくのでしょうか。生活の中で赤ちゃんは色々なものを口に入れたり、食事が多様していく中で育まれていくと言われています。3歳までにいかに腸内細菌叢を多様化させるかが、とても大切だと報告されています。腸内細菌のエサであるプレバイオティクスのオリゴ糖などをしっかり食べることが大切です。
参考論文
Association between functional lactase variants and a high abundance of Bifidobacte-rium in the gut of healthy Japanese people 健康な日本人の腸における機能的ラクターゼ変異体と大量のビフィズス菌との関連
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0206189
Breast milk on the infant faecal microbiome: Components of breast milk orchestrating the establishment of bifidobacteria species. 母乳と乳児の腸内細菌叢:母乳成分がビフィズス菌の菌種構成を決定している
https://www.jscimedcentral.com/Nutrition/nutrition-6-1123.pdf
健康を担っている腸内細菌叢
国ごとに腸内細菌叢は違うことをお伝えしてきました。出産時に母親から受け継ぐ腸内細菌、それは母から子へ、そこで生きる為に必要な腸内細菌が分けられて、健康に生きる為に引き継がれていきます。そして、その国、地域、食文化で必要な腸内細菌が健康に生きる為に、私たちを手助けしてくれます。
食文化は、多様化し、世界中の食べ物を食べることができます。世の中はグルメの時代。食べたい欲求を簡単に満たすことができます。また簡単に、ラクに、安く、手軽に、そんなヒトの「ラクを求める欲求」から、インスタント食品や加工品を利用する傾向が高くあります。それらを否定している訳ではありません。食べたくなる時もあります。必要な時もあります。
けれど、それは時々にしませんか?
基本的な和食を中心とした、食事を出来るだけ心がけて、外食やテイクアウト、インスタント食品などは時々利用する、くらいにすれば、健康を維持していける可能性が高くなります。
健康とは、病気にならないことだけを意味しているのではありません。病気ではない、例えば疲労感、倦怠感、やる気や集中力の低下、身体の痛みなど、病気では無いけれど、生活に支障をきたすかも知れないあらゆる不調、その全ての症状は「不健康」に入ると思われます。
母から受け継いだ腸内細菌たちも元気でいる為には、エサが必要です。そのエサとは・・炭水化物、野菜、海藻、タンパク質(魚、肉、大豆など)などバランス良く食べることが必要です。食事の中にまずこの4つが入っているかチェックしてみてください。そして足りないものがあれば、追加しましょう。
もしタンパク質が少ないと感じたら、目玉焼きを作って追加してください。野菜が足りないなと思ったら、トマトや枝豆などを追加しましょう。海藻が無いなと思ったら、わかめを汁物へいれたり、とろろ昆布をご飯に乗せたり・・そうやってバランス食を実現しましょう。
食べる「酢酸」の効果
酢は酸っぱい味がしますが、それは「酢酸」によるものです。酢は糖質を含む食材を原料として、それをアルコール発酵させた後、更に酢酸発酵させた液体調味料で、主成分は「酢酸」です。
大腸内のビフィズス菌が「酢酸」を作ることから、酢を摂ると酢酸が摂れるので、良いのではないかと思われがちですが、残念ながら酢で摂った酢酸は小腸の絨毛から全て吸収されるため、大腸にはいきません。その為、上記のような大腸内での酢酸の効果は期待できません。
けれど小腸の絨毛から吸収された酢酸にも健康効果がたくさんあります。例えば、酢酸が体内で代謝されアデノシンをつくり、血管を拡張させ血流が良くなったり、脂肪細胞が膨らむことを酢酸は防ぐ為、脂肪に栄養が取り込まれることを酢酸が抑制し、脂肪の巨大化を減らし、肥満防止に効果が期待できる、食後の血糖値上昇を緩やかにする、内臓脂肪を減少させる、血圧を下げるなど様々な健康効果が期待されています。
酢の摂り方
大さじ1~2を毎日摂る
ドリンクにする時は、5~8倍に薄めて飲む
おススメの酢酸が多い酢
・黒酢
・にごり酢
参考
ミツカン 酢の力
https://www.mizkan.co.jp/health/sunochikara/
NHK 美と若さの新常識
最後に
いかがでしたか?私たちの身体は37兆個の細胞で出来ていると報告されています。腸内細菌は100兆個とも1000兆個ともいわれ、細胞の数を遥かに超える数の細菌がいる訳です。そしてその細菌たちは私たちが健康に生きていくための手助けをしてくれています。
細菌は生き物です。そう思うと変な感じですね。自分の身体の中にたくさんの生き物が住んでいるってわかっていても想像がつきません。無菌状態になれば、直ぐに病気になり命が絶たれることもあると言われています。
その為、共存共栄が大切なんでしょう。お腹の中にいる大切な生き物たちが健康に働いてくれるように、食生活を見直し、生活習慣を改めていくことが大切です。5大栄養素の揃ったバランスの良い食事、十分な睡眠時間と質、適度な運動、ストレス発散・・人生の最大のパートナーである細菌の為に出来ることはたくさんあります。
健やかで美しい人生を。