ヒトと塩の歴史・進化・生体維持|美容栄養学

著者:池上淳子
管理栄養士/美容食インストラクター
日本ビューティーヘルス協会 会長
池上淳子

塩とは

塩は、味覚のひとつである塩味を呈しており、食べ物を美味しく食べる為の調味料として使われています。生き物にとって必須のものであり、酸素、水、に続く程、生きる上で欠かせない物質であると言えます。なぜ生命維持に必要な物質なのか、それは塩が行っている生体内の役割の凄さがあるからです。そして文明が進むにつれて、塩の入手は容易になり、食塩の摂取量は人体が生理的に必要とされる量をはるかに上回ることになり、様々な病気の原因ともなっています。

塩を必要とする食の変化

ヒトの歴史は元々狩猟民族で、動物や魚類などを食べて生きていました。動物や魚の肉や血には塩分が含まれている為、敢えて塩を摂る必要はありませんでした。しかし、農耕が始まることで定住生活が始まり、穀物が中心の生活になるとヒトが必要な塩分を得られなくなったため、塩を摂取するようになったと言われています。肉食動物は塩を欲しませんが、草食動物は岩場の塩を舐めるなど一定量の塩を求めます。家畜で動物を飼いならす為にも塩は必要になりました。

塩の歴史的価値

ヨーロッパでは紀元前1000年頃から岩塩の採掘が行われていたことを示す遺跡が発見されています。古代より塩は大変貴重なもので、金と同等の価値をもち、富者や権力者が塩の権利を独占し、富・利益を得てきたという歴史があります。日本でも昔は「塩の道」が各地に張り巡らされていたと言われてます。日本は岩塩が無い為、海の無い山間部では、塩の入手が重要であったと考えられます。それでも日本は島国で海に囲まれています。私は海にいけば塩が得られるのに、何故塩がそんなに貴重だったのか、長年疑問に思ってきました。

海水から塩を取るためには乾かすことをします。しかし日本は雨が多く天日干しで海水から塩を取るだけ乾かすということが非常に困難でした。その為、比較的雨の少ない西日本の瀬戸内沿岸部は製塩が盛んで、東北や東日本に船で運んで売っていたと言われています。天日干しが出来なければ、煮詰めればいいのですが、海水を煮詰めるとなると、大量の燃料が必要で現実的ではなかったようです。

塩と信仰

神前に塩を供えたり、お葬式から帰ってきたら塩を撒いたり、盛り塩をしたり、相撲で塩が撒かれたり、あらゆる場面で塩が登場します。これは穢れを祓い、身を清める意味があると言われています。神道では死を穢れ(不浄)とみなすため、この穢れを祓う目的で、塩を使って体を清めます。元は、日本神話に出てくる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉の国から引き返した時に、体の穢れを海水でお祓いした話に由来すると言われています。塩には食物の腐敗を遅らせる効果があり、それも由来の一つと言うことです。

塩の種類

塩には精製塩と天然塩(自然塩)があり、天然塩には海水塩と岩塩があります。

海水塩

海水から取れる塩はミネラルが豊富でまろやかな味わいがあり旨みが強いと言われています。魚料理と相性が良い塩です。日本で生産されているものは全て海水塩です。粒が粗めでにがりを多く含む塩は「あら塩」と言われています。

岩塩

古代、海だった場所で結晶化されたものが岩塩です。日本では採取できず、主な産出国は、ドイツ、オーストリア、イタリア、アメリカ、南米アンデス、モンゴルなどがあります。ミネラルは豊富ですが、塩気が強く、シャープなキレのある塩味を味わうことができます。産地や地層によって、地中からのミネラルや成分が含まれて結晶されますので、青色、桃白色、鮮紅色、紫色など様々な色があります。肉料理と相性が良い塩です。

湖塩

古代、海だった湖などで水分が蒸発し、塩分濃度が高くなったところで作られています。塩湖ともいわれ、ボリビアのウユニ湖やイスラエルの死海が有名です。ミネラルが適度で苦みと甘みがバランスよく含まれ、様々な料理に合わせやすい万能性があります。

塩がもたらす美味しさと調理メリット

味覚は5味「塩味」「甘味」「酸味」「苦味」「旨味」とあり、塩味は美味しいと感じる味覚の一つになります。調理で使用すると、食品のうま味が引き立てられ、美味しさを上げることが出来ます。また食材の調理における水分保持に役立ち、肉、魚、野菜などをジューシーに保つことができます。更に塩を使うことで腐敗しにくく保存性を高める役割もあります。

ただ、過剰に塩分を摂ると健康に悪影響が及ぶ場合があります。塩は生体にとって必要なものではありますが飽食時代の現代は過剰摂取が懸念されます。出来るだけ減塩に取り組み、薄味で食べることが推奨されます。濃い味好きの方にとって薄味は味気なく不味いと思う方が多くいます。ただ、味覚は慣れです。東京慈恵会医科大学附属病院の濱裕宣さんは入院患者さんの薄味への転換が1週間程であると経験上述べられています。一般的に1週間~10日間くらい、薄味に取り組むと慣れてきて美味しく食べることができます。慣れてしまうと濃い味を食べることが辛くなってきます。そうなるまで、味気ないと思われるかもしれませんが、頑張って取り組んで頂ければと思います。

塩の一日の摂取量

  • 厚生労働省「日本人の食事摂取基準2020」:15歳以上の男性7.5g/day未満、女性6.5g/day未満
  • 日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」 :6g/day未満
  • WHO「ヘルシー・ダイエットの勧告」:5g/day未満

これらの量から、食塩は1食あたり2g前後にすることが望ましいと思われます。

和食による塩分量

和食は、2013年「日本人の伝統的な食文化」として、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。日本人の平均寿命は世界トップクラスで、和食は健康食として世界から注目を浴びている食事になります。しかし、醤油、味噌などの調味料が多く、漬物や、塩漬けの魚など、塩分を多く摂る傾向があります。和食は野菜や発酵食品を多く摂る傾向があり、健康食の面もありながら、調味料が多く塩分過剰になる可能性が高いということも理解しておく必要があります。

参考論文:和食、減塩とSDGs
https://www.nuas.ac.jp/IHN/report/pdf/14/04.pdf

塩の成分

塩は化学的に「塩化ナトリウム(NaCl)」と言います。ナトリウム(Na)と塩素(Cl)、2つの元素から成り立つイオン性化合物になります。イオン結合をしていることにより安定した構造をしています。ナトリウム原子は外部電子層に1つの電子を、失いやすい性質があります。塩素原子は外部電子層に7つの電子をもち1つの電子を得ることで安定、その為ナトリウム原子が1つの電子を失ってナトリウムイオン(Na⁺)になり、塩素原子が1つの電子を受け取って塩素イオン(Cl⁻)になります。イオンは電気的に引き寄せられてイオン結合をします。このイオン結合により、塩は結晶し固体として安定的に存在することになります。イオン結合の性質から塩は水に溶けやすい為、調理に使いやすいものということになります。

ナトリウム(mg)×2.54÷1000=食塩相当量(g)

塩(ナトリウム)の体内の働き

塩はナトリウムと塩素の組み合わせで構成されていますが、ナトリウムは体内で重要な要素であり、食事から塩分を摂取することは、生命を維持するために必要です。ナトリウムはミネラルの一種になります。成人の体内には約100gのナトリウムがあり、主に細胞外液に存在し、浸透圧を調節して、細胞外液量を維持する役割を持っています。約50%は細胞外液中に、約40%は骨格に存在し、細胞内液中には僅かな量になります。

  • 体内の水分バランス
  • 細胞外液の浸透圧の維持
  • 酸・塩基平衡
  • 神経の情報伝達
  • 筋肉の収縮
  • 栄養素の吸収・輸送
  • 血圧の調節
  • 胆汁、膵液、腸液などの材料

など、体のあらゆる働きに関与し、生きる為に必要不可欠な存在です。

参考
健康長寿ネットナトリウムの働きと1日の摂取量
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/mineral-na.html
e-ヘルスネット厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/food/ye-024.html

体内の塩分濃度

ヒトの体内の塩分濃度、即ちナトリウム濃度は0.9%で維持されています。これは全ての動物において同じ0.9%であり、濃い塩分濃度の海(海水の塩分濃度約3.4%)の中で生きる殆どの魚などの生き物も0.9%で維持されています(一部濃度の高い生き物もいます)。この0.9%濃度は生きる上で非常に重要なものです。その為、体内で恒常性維持の為に巧妙なシステムが組み込まれており、以下のような働きが起こります。

塩分濃度の役割

  • 細胞の形、機能の維持

ナトリウム濃度が0.1%になると赤血球の形状が変化しパンパンの球状になります。柔軟性がなくなり血液の流れに流れていくことができなくなるため、全身に酸素が行き届かなくなります。

  • 栄養の吸収

細胞内より細胞外には、ナトリウムが10倍あります。ナトリウムがあることで扉を開いて細胞内に栄養を吸収できます。扉を開けることが鍵で運び屋とも言えます。塩そのものにエネルギーはありません。

体内の塩分 (ナトリウム) 濃度が低くなったとき

低ナトリウム血症は電解質異常の一つで、血液中のナトリウムの濃度が低下する病気です。血液中のナトリウム濃度を測定し、136mEq/L未満であれば低ナトリウム血症と呼びます。通常、低ナトリウム血症になることは殆どありませんが、何らかの原因で細胞外液のナトリウム濃度が低下したままになると、筋肉や神経の働きに異常が生じ、特に脳神経の症状が出て、最悪の場合、死に至ることもある病気です。倦怠感、めまい、脱水状態などになります。

体内の塩分(ナトリウム)濃度が高くなったとき

濃い塩味の食事を摂る、麺類の汁を飲みほす等、誰でも経験があるのではないでしょうか。濃い味を食べるということは、体内の塩分濃度が高くなってしまうことになります。すると体は通常の0.9%塩分濃度に戻そうと調整します。例えば濃い食塩水があれば、通常の塩分濃度へ戻すときには水を足して、かさを増やして濃度を薄めることをします。まさにその現象が濃い味を食べた後にくる喉の渇きです。「脳からは喉が渇いたから水を飲みなさい!」という指令が起こり、喉がカラカラになると、私たちは居ても経っても居られず水を飲みます。そうやって通常の塩分濃度を維持という働きが生体内で起こり、生命活動を安定させるのです。

塩を摂り過ぎた時に起こる生体反応で水の過剰摂取

上記のような生体反応のおかげで、通常の塩分濃度が維持されたわけですが、脳からは体内の水分量が少ないから水を飲むように指令が出たのではなく、体内の塩分濃度が高いから水を飲むように指令が出たわけです。ということは体内の水分量は多量になっている状態になります。例えばラーメンの塩分量は多いお店だと9g程あります。9gの塩分を摂るということは1リットルの水を抱え込むことになります。外食などで濃い味を食べた翌日、体重がやたら増えている場合がありますが、これは水分量が多くなっていることが主な原因と考えられます。

塩の過剰摂取による健康被害

塩分を摂りすぎると体内の水分が増えるということは、血液量も増えることになります。大量の血液が血管内を流れているという事は血管壁にかかる負担が大きくなり、血圧が上がると考えられています。 血管や心臓に負担がかかる高血圧は、脳卒中、心筋梗塞、心不全、動脈瘤など循環器系の病気につながります。また腎臓は塩分(ナトリウム)などを濾過して排泄する役割があります。その為、塩分を過剰に摂取すると、腎臓に大きな負担がかかります。 塩分の過剰摂取が続けば、腎臓の機能が慢性的に低下し、「慢性腎臓病(CKD)」を発症するリスクが高くなります。

参考
食塩摂取制限の重要性と 摂取適正化のための対策に関する研究
https://www.u-hyogo.ac.jp/mba/pdf/SBR/13-2/022.pdf

塩の過剰摂取による美容被害

塩の過剰摂取により、血液量が増えてしまいますが、そうすると静脈の血管内圧が高まり、間質から血管へ水分を移動させる力が弱まることで間質に水分が貯留してしまい、浮腫(むくみ)が起こります。余計な水分が体内に残ってしまうことになり浮腫が生じます。特に女性は血液の流れやリンパの流れなどの力が弱くありますので、そこに塩分過剰摂取が加われば、更にむくみを加速させてしまいます。

むくみはセルライトの原因のひとつと言われています。セルライトとは固く肥大化した皮下脂肪のことで、皮膚の下にある脂肪細胞が固まって肌表面がでこぼことした状態になることです。美しい肌を維持する為にはセルライトは避けたいものですが一度できるとなかなか改善されません。むくみを起こすと血行不良を招き、脂肪細胞が排出されず体内に蓄積しやすくなると言われています。

動物の歴史と塩

現在陸で生活をする動物は、元々海の中で生息していました。4億年前に陸へ上がり、塩無き世界へ進んだと言われています。海の中で豊富な塩があり、大量の塩を得ながら生息していました。大量の塩を取り入れてはどんどん捨てていることが可能でしたが、陸には海のように常時塩がありません。肉食動物は動物の内臓や血液から塩分を摂取し、草食動物は岩などにあった塩分を舐めたと言われています。体液の塩分濃度を0.9%に保ち続けるために、味覚センサーや腎臓を変化させ、塩をとことん求めて捨てないカラダに作り替えて進化していきました。

限られた量の塩しか得ることが出来ない陸では、腎臓が塩を再吸収できるように進化しました。もしヒトが魚のような腎臓だったら、塩の再吸収をせずどんどん捨ててしまう為、1日1500gの塩を摂取しないといけなくなると言われています。毎日1500gの塩を摂らないといけないとなると、大変なことですよね。腎臓の働きが塩を取り戻すことが出来るようになったおかげで、私たちは1日2gの塩補充で生きていけるようになりました。

参考
NHKヒューマニエンス 「“塩” 進化を導いた魔術師」

腎臓とナトリウム

腎臓は血液を濾過して余分な塩分や老廃物を尿として体外へ排出します。 また体に必要なものは再吸収し、体内に留める働きをしています。原尿は健常な方では1日に約150リットルになります。実際の尿は約1.5リットルなので、99%は再吸収されます。原尿には、老廃物、アミノ酸やブドウ糖などの栄養素、塩分(ナトリウム)、カリウム、リン、マグネシウムなど、さまざまなミネラル(電解質)が含まれています。このような身体にとって必要な成分を再吸収することにより、体内の水分量を一定に保持し、ミネラルバランスの調整や体を弱アルカリ性の状態に保つなど様々な働きがなされています。

参考
腎機能と生理
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jject1975/5/2/5_2_74/_pdf/-char/ja

減塩対策

日本では上記にある、塩分の目標量は達成出来ていません。男女ともに摂り過ぎになっています。減塩は国をあげて呼びかけられていることです。普段の食事では、出来るだけ減塩を心がけ健康を維持しましょう。

薬味や香辛料を効かせる
わさびやショウガ、コショウや唐辛子、山椒、カレー粉などの薬味や香辛料を用いると、味にメリハリがつきます。

酸味を効かせる
レモンやゆず、酢などを利用して酸味を効かせると、塩分控えめでもおいしく食べることができます。

食材本来の味を楽しむ
旬の食材や新鮮な食材を選ぶことで、うす味でも素材本来の味を楽しめます。

塩分の使い方にメリハリをつける
しっかり味付けしたものは1品にして、そのほかの料理にはできるだけ塩分を使わないようにします。

汁物は具沢山に
みそ汁やスープなどは野菜など具を多くすると、汁の量が控えられて減塩になります。

調味料はかけるのではなく、少量つける
ソースや醤油などの調味料はかけて食べるのではなく、小皿に入れて少量を付けながら食べます。

減塩しょうゆ・減塩みそを使う
塩分の少ない調味料を用いることで、より手軽に減塩できます。

全国健康保険協会サイトから引用
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g4/cat450/sb4501/p003/

カリウムを増やそう

塩分を摂り過ぎた場合は、カリウムを含む野菜や果物の摂取がおすすめです。 カリウムには、ナトリウムを体の外に排出しやすくする働きがあり、摂り過ぎた塩分を調節するのに役立ちます。

野菜類、果実類に多く含まれるカリウムは、腎臓でのナトリウムの再吸収を抑制して尿中へのナトリウム排泄を促進するため血圧を下げる効果があります。果物類、野菜類に自然に含まれているような、塩化物を含まない形態のカリウムは、ナトリウムと引き換えに細胞へ多く入るため、降圧効果もより高いと言われています。また野菜や果物に豊富に含まれる食物繊維にはナトリウムを吸着して体外に排泄させる作用もあります。

塩分を過剰に摂ったときは、野菜や果物を積極的に食べるようにしましょう。

最後に

いかがでしたか?私たちは遥か彼方古代に、海から陸へ上がり、海の大量の塩を手放すことになりました。その為、陸に適応するため、塩を捨てずに体内に確保する必要があり、腎臓を獲得しました。今でも私たちが海にいたように塩を大量に捨てる体のままだと、毎日1.5㎏の塩を食べないといけない、、考えただけでゾッとしますね。全ての食べ物が塩味しか感じなくなるかもしれません。

薄味がいいことは分かっていても、つい濃い味を求めたくなるものです。でもせっかく手に入れた体の働きに感謝し、食品の素材の味を大切にして、豊かな食生活をお送り頂ければと思います。

参考
e-ヘルスネット 厚生労働省
高血圧予防 減塩対策

食生活における食塩の問題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj1965/41/6/41_327/_pdf